12歳少女のヘリウムガスによる空気塞栓症の診断はなぜ遅れたのか

声を変えるパーティーグッズのヘリウムガスを一気に吸い込んで肺胞が破裂し、

 

ガスが血管から脳に流れ込んで脳障害を起こした12歳の少女

その診断が、治療のクリティカルタイムである12時間以内に速やかになされなかったのか。

なぜそうなったのかに関する考察です。

 

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癲癇と思い込み、ヘリウムによる空気塞栓は最後の鑑別診断に・・・

 

12歳の彼女が病院に搬送されたときに、ヘリウムガスによる気圧外傷はわからなかったのでしょうか?

http://kanbe.info/1153.html

 

いいえ、はっきりとわかっています。

実際に、救急搬送時のCT検査の所見を見ると、こうあります。

 

「当院搬送時には四肢の硬直が強く、ジアゼパムの投与を受け頓挫した。頭部 CT 写真には異常所見を認めなかったが、胸部 CT 写真で広範囲の皮下・縦隔気腫と気胸を認めた。意識障害(E1V2M4/JCS200)が遷延するため ICU に入室した。」

 

広範囲に、呼吸器がやられている、つまり高圧ガスで肺胞が広範囲に破れていると思われる所見があるのです。

そして意識障害が遷延するということは脳がダメージを受けているということが考えられる。

 

そしたら、病歴と、状況から、

気圧外傷に伴う空気塞栓症による脳機能障害

を疑うことができるはずです。

 

なんでそれを即座に判断しなかったのか?

非常に残念なのは、入院時に同時に行った

「頭部 CT 写真には異常所見を認めなかった」

ことです。

(これについては後述しますが、何も見えなくても仕方のないことです。)

 

それともうひとつ、

「当院搬送時には四肢の硬直が強く、ジアゼパムの投与を受け」

とあるところが気になります。

 

ジアゼパムは痙攣や癲癇の治療薬で、これを注射すれば筋肉の力は抜けますから、硬直は改善します。

でも、それは対症療法です。

 

もちろん、呼吸ができないほどの硬直であればこれを和らげるのは重要です。

さらに、癲癇だと確定診断がついていればまったく問題ない処置です。

 

でも、どうも、この記述だけを読むと、救急搬送された時点で、病院側では

「気圧外傷に伴う空気塞栓症」ではなくて

「子供のてんかん発作」がいきなり発症した

ということを主に想定していたのではないかと思われます。

 

テレビ局で何が行われていたか、

そして胸部CTの所見は何を意味しているか。

これらの状況を総合的に考えれば、空気塞栓症の可能性を真っ先に検討すべきだと思いついてほしかった。。。

 

 

 

ヘリウムガス吸引による気圧外傷と引き続く脳の空気塞栓は、「まれなケース」

 

この女の子の意識障害は翌日も続きますし、左半身の痙攣が認められています。

このため、再度MRIによる画像検査などが行われて、以下の所見です。

 

「頭部 MRI 写真と髄液検査では問題となる所見はなく、発作時脳波で右後頭部に棘徐波を認めた。てんかん性疾患を考えミダゾラム、フェニトイン、レべチラセタムを開始した。入院 2 日目には脳波異常は改善した。以後病的反射は消失し、意識状態の改善が徐々にみられた。」

 

検査の内容と記述されていた内容から、

生まれつきの脳の器質的な異常によるてんかん発作の可能性と、

ウイルスあるいは最近による脳膜炎の急性発症の可能性が

主に想定されていたと思われます。

 

そして、脳波異常が拾えたことから、右の脳に画像診断では見えないような小さな傷があり、そこから発症した癲癇だろう、という診断がなされているようです。

そして、脳の病的な興奮を抑える治療が開始されてしまった。

 

これにより、一時的に症状は改善したように見えますが、

基本的には脳に起こった器質的な異常による興奮を抑えているだけです。

おおもとの問題の解決になっていません。

 

先天的な問題から起こるてんかんの治療はこれでいいのですが、

空気塞栓のような急性の脳の外傷に対してそれを行ってしまっては、症状が見えなくなってしまいます。

 

本当に不幸なことに、この子の回復力が優れていたからかもしれません。

一時は症状が改善しているように見えたのです。

 

それで、

てんかんと、それと同時に転倒した打撲による意識障害、

画像診断で異常所見がないから自然に回復を待とう、となったように思われます。

 

違っていたのに・・・

 

 

 

気が付けば取り返しのつかない状態に陥っていた脳の状態

画像診断でこの子の脳に広範囲な問題が発生していることが確認できたのは発症後6日目のことです。

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「入院 6 日目に再度けいれんし、頭部 MRI 写真を再検したところ,皮質・皮質下優位に多発性の拡散低下があり、頭部 CT 写真でも同部位の低吸収域が認められた。入院後は、脳炎・脳症,代謝性疾患、てんかん性疾患、内分泌疾患、感染症などの検索を行ったが有意な所見はなく、臨床経過から空気塞栓症の可能性があると判断し、転院した。」

 

この時点でようやく、ほかの疾患を除外したあげくの診断として「空気塞栓症の可能性がある」と判断されています。

そしてようやく、それを治療することのできる施設へと転院されます。

 

どうしてこのように病院側による診断に遅れが生じてしまったのか?

それは、

「ヘリウムガス吸引で肺に気圧外傷が起こり、そこからガスが血管内に入って脳でつまった。」

という可能性を治療に当たった医師が、最初はほとんど想定できていなかったからではないでしょうか?

(子どもの癲癇だと思い込んでいた)

 

救急搬送されたのが早かったがゆえに、発症直後のCTによる脳の画像診断では脳梗塞による病態変化が見えなかった。

(脳梗塞による脳の画像変化はCTで見えるようになるには数時間かかる。同じ検査を翌日もやればよかったんだけど、小児であり、被爆をできるだけ避けたいということもあって、放射線を使わないMRI検査になったんでしょう。それで比較しても差に気が付かなかった。)

 

小児の脳で発生したがために、癲癇を念頭に置き、脳波検査を行って、異常の場所を同定できた、しかし明瞭な脳の変化は入院直後のCTでも翌日のMRIでも見つからなかった。

そのために空気塞栓による脳梗塞で発生した脳波異常を、

まちがって生まれつきの小さな傷による脳波異常であると診断した。

これらの可能性が考えられます。

(これはあくまでも、私の勝手な推測です。)

 

なんといっても最大の問題は、

「ヘリウムガス吸引で気圧外傷が起こって空気塞栓症に至る。」

という事故が、日本では極めてまれなもので、その病院の誰も知らなかったであろうということです。

 

海外では2000年ごろから学会誌に症例報告はされていますが、

英語であっても、大学で使うような教科書に載せられているような知識ではなかったということです。

 

ここに偉そうに記事を書いている私も、2月4日に報道でこの事件を知るまではそのような症例があることを知りませんでした。

検索して、英語のサイトや論文を調べて状況に思い至りました。

 

 

 

この事故の被害者の失われた時間を無駄にしないために、忘れない

 

医療の世界では「症例報告」というものがなされます。

 

これまでに見つからなかった新しい病気が見つかったとか、

これまでになかった画期的な治療方法が見つかったとか、

これまでにその病気に対しては行われなかった治療を試してみたところ、うまくいったとか。

そういうポジティブな症例報告は報告する方も聴く方も嬉しいものです。

 

しかし、症例報告のうち、かなりのケースが、うまくいかなかったケースの報告が主体でした。

思いがけぬ偶然が重なって診断を間違えたとか、

この病気にはこの薬と思っていたら、数千例に1例はうまくいかないケースがあったとか、

経験したことのない症例で、判断に迷ううちに手遅れになってしまったとか。

 

こういうネガティブな症例報告は、患者さんにとっても、関わった医師にとっても思い出したくない不幸なケースです。

でも、めったに経験しない症例について、直接それにかかわらなかった医療者が、あるいは患者側が知っておくということは大事なことです。

知っていれば、同じ過ちを再び繰り返す可能性は低くなります。

知っていれば、めったに出会わないケースであっても、そういう報告があったことを思い出せれば、対応できます。

 

小児科学会 Injury Alert(傷害速報)
「テレビ番組でヘリウムガスを吸引して意識障害」
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0053.pdf

 

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その意味では、今回の12歳のアイドルの事件は、きちんと報告され、記憶に刻み付けられなければならない貴重な症例報告の一つなのです。

だから学会として、反省を込めながら報告している。

 

まず第一に、全員、だれもが

ヘリウムガスのような圧縮ガスを大量に一気に吸い込むような危険な行為は避けること

 

次に、大人たちは

そのような行為を15歳以下の成熟していない人に強制するようなことはあってはならないこと

 

そして、医療者側は

そのような状況があった場合には癲癇だけでなく空気塞栓症を念頭に置いて、すみやかに対応すべきこと。

できるだけ最新の海外の症例報告に目を通しておくこと

 

これを我々は頭の片隅に残しておきたいです。

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12歳少女のヘリウムガスによる空気塞栓症の診断はなぜ遅れたのか」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 12歳アイドルが番組でヘリウムガスを吸引して意識障害のその後 | 官兵衛の覚え書き

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