いただきます 意味 英語で子どもに伝えるのにどうすればいい?

友人の家族がアメリカから来た時に、食事の時にお祈りをしないのかと聞かれました。

我々は神様に祈るのではなくて、Itadakimasu(いただきます)というのだよ、と説明したら、それはどういう意味かと。

仏教的な意味をあいまいには覚えていたけど、仏教の概念のわからない子供にどう伝えたらいいのかな?

 

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いただきます 意味 仏教 命をいただくという意味

 

日本人には宗教はないと言います。

でも、宗教的な共通認識は多くの人の心の中にあると思います。

そのひとつが「いただきます。」という言葉です。

 

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この言葉は、家庭でも、幼稚園や保育園でも教えられますよね。

その時に教えられたのは、私の場合、ご飯を用意してくれた人間への感謝ということで教えられました。

農家の人や、それを売ってくれるお店の人、そしてそれを買うために働いてるお父さん、料理してくれるお母さんへの感謝の言葉だよ、と。

 

すなおに、そういう、食事ができるまでに関わってきた人間すべてに対して、

「あなたたちから、あなたたちの労力や時間を食事の形でいただきます。」

という意味かと思ってました。

 

でも、小学校の時に道徳の時間に教えられました。

「いただきます、というのは命をいただくという意味なんだよ。

私たちが食べているのはお肉も、魚も、卵も、パンも、お野菜も、みんな動物や植物からできている。

それを作るためにその生き物たちは死んじゃうでしょう、かわいそうに思うけど、でも、私たちはそれを食べないと尾長がすいて死んじゃいます。

だから私たちはその命をいただいて、生きているんです。」

 

衝撃でしたね。

あ、自分たちは他の生き物を食べて生きてるんだ、ひどいなと。

 

でも、先生に続けて言われたのが

 

「他の生き物もそうですよ。蛇はカエルを食べるし、蜘蛛やカマキリは虫を食べる。ライオンだってカモシカを食べるでしょう。

草食動物の牛や馬だって、生きている草をむしゃむしゃ食べちゃうんです。

私たち、動物の命は、他の命を食べることで生きているのです。」

 

というお話で、さらに衝撃でした。

 

しばらくは、みんなで手を合わせて「いただきます。」と唱和する自分が、偽善者に思えました。

(もちろん、その時には偽善者という言葉は知りませんでしたが。)

まあ、しばらくしたらその罪の意識は薄れて消えていったのですが、心のどこかに残っていたんでしょうね。

「いただきまーす!」

と、元気よく叫ぶ子供たちがアホに見えてました。

 

他の生き物の命をいただくという意味で「いただきます。」というのだ、という、その考えの背景になるもの。

仏教的な言葉で言えば「原罪」というのだったと思います。

 

われわれ、生きとし生けるものは、すべて他者の命を食して、その上に生存しているのである。

常にそのことを忘れてはならない、すべての命への感謝を忘れないように。

「生きていること自体が、角度を変えてみれば罪を犯していることになる。」

ということですね。

 

 

 

いただきます 意味 食育 5歳の男の子に訊かれた質問

 

そして、仕事で、昔から知り合いだったアメリカ人の家族が来て、食事を一緒にしたときにその子供に聞かれました。

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「日本では食事の前に神様への祈りはしないの?」

 

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訊かれて、すぐに答えました。

「お祈りはしないけど、みんな、Itadakimasuっていうんだよ。」

「ふうん、それ、どういう意味?」

 

思わずちょっと考えちゃいました。

で、ようやく思い出して、二つの意味があるんだよと説明したのです。

 

農家の人や、両親への感謝の意味が一つ、もう一つは命をいただくことへの感謝がひとつ。

”Itadakimasu means saying thank you for every life killed and used for our foods, including vegetables.”

と、こう答えたら、その子は不思議そうな顔をして、お父さんに早口で何か言って、それ以上聞いてきませんでした。

 

後から父親にそのことを訊いたら、ちょっと困った顔で、

キリスト教徒は食べ物はすべて神様がくださったものだと考えるから、我々が他の命を奪ったとは考えないのだ、それで、日本には神様がいないんだねと言われた、とのことでした。

 

ああ、そっかあ、と、そこでもう一つ思い出しました。

 

キリスト教(の一部かな?)では、牛とか豚とか羊というのは家畜であって、神様が人間の食べに用意した食べ物であり、殺めることに罪を感じる必要のない命なのです。

スズメや野兎をとらえて殺して食べるのは残酷なことで、グルメの罪深き人たちがやっていることなのです。

でも、子豚の丸焼きとか、牛のあばら骨付きの肉とかを食べることには罪の意識を感じないわけです。

 

だから、仏教的な意味の「原罪」という概念は、キリスト教徒からしたら理解しにくいのです。

 

 

いただきます 文化 海外 食事を作ってくれた人への感謝

 

いただきますの意味、海外とは文化が違うのでなかなかうまく説明できません。

子どものころには何も考えないで覚えてたけど、いろいろ意味が深いのですね。

 

そのできごと以降、小学校低学年ぐらいまでの子供に訊かれたら、日本人、外国人に関わらずに

「食事を作るまでに関わってくれた人たちみんなに感謝して、その方たちがかけてくれた労力や時間をいただきます、という意味がひとつ、あるんだよ。」

と、言うことにしています。

 

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頭の回転の速い子や、注意深い子は、その言い方をすると、

「他にも意味があるの?」

と聞いてきますから、そこで、食事が終わってからゆっくりと教えます。

食べる前に訊いたら食欲をなくす子供もいそうだから。

 

「我々は、生きとし生けるものの命をいただいている。

それは食事の時に限らず、いろんな形でほかの命を奪ったり、苦しめたりしているかもしれない。

歩いているだけで、アリや、それよりもっと小さな生き物を踏み潰しているかもしれないでしょ?

そう言うことも含めて、食事の時に、他の命への感謝を込めて「いただきます」というんだよ。」

 

と、子どもの年齢に応じてその時々で噛み砕いて。

 

そういう話に対して、いやな顔をしそうな親の場合には話しませんけどね。。。

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