節分 いわし ひいらぎ 由来といつからいつまで飾るのか 土佐日記から

節分にはイワシの頭をヒイラギに刺して、玄関だけじゃなく、裏口にも飾ります。

柊鰯(ひいらぎいわし)と一言で言われる風習でもあります、最近では行わない家も多いものの、京都に住んでいたころはよく見かけました。

でも、この風習、最初のころとは、飾る魚も、飾る意味も異なってしまっているという不思議な風習です、そのオリジナルが書かれている土佐日記までさかのぼってみましょう。

 

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節分 鰯の頭 おまじないのいわれは実は怪しい

 

「鰯の頭も信心から」 という言葉があります。

これは、節分の時に飾る柊鰯(ひいらぎいわし)の風習の奇妙さを揶揄したことわざです。

 

「信じてしまえばなんでもOK」

鰯の頭なんて言う、およそ神様と関係なさそうな、ちっともありがたくないものを家の玄関に飾るというこの奇妙な風習を自虐的に笑ったものです。

 

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ではまたどうして、焼いた鰯の頭を玄関や裏口に飾るのでしょうか?

これの説明を探してみると、大部分の人がそうだと信じているのは以下のような理由からです。

 

節分の時には鬼を追い払う。

鬼は鰯の生臭い臭いが嫌いで、ひいらぎの葉っぱのとげも嫌い。

昔、鬼が柊の葉っぱで目をついて痛い目に合ったという言い伝えがある。

だから、鬼が家に入ってこないように家の玄関にひいらぎの枝に刺した鰯の頭を飾るのだ、と。

 

一応、もっともらしいのですが、なんか変な感じもしますよね。

恐ろしい鬼、強い鬼が、なんでわざわざ柊の葉っぱで目を突くのでしょうか?

鬼が棍棒で、いえいえ、軽く手で払ってしまえば何の危険もありませんよね。

 

鰯の頭も、生臭いと言っても大したことない小さな魚じゃないですか。

新巻鮭クラスの魚の頭を飾った方が効果がありませんか?

頭だけでなく、くされかけの内臓を一緒に飾った方が臭さは強烈になって効果的だと思うんですけど??

 

子どもでも、というか、子どもほど不思議に思うものでしょう。

大人は、「ふ~ん、そういう言い伝えなのか。」で、無理やり納得しているかと思いますけど。

 

では、真相はどこにあるのか?

実は、土佐日記という昔の本に、さらにはそれを読み解いた方の記述にありました。

 

 

 

節分の柊鰯 由来をたどれば、ボラの頭だったのが土佐日記の時代

 

土佐日記は歌人として有名な紀貫之が土佐国の国司の仕事を終えて、京都に帰る最中に起きた出来事を日記風に書いたものです。

発生する出来事には虚構や感想が入っているものの、見聞きした内容については当時の世相を反映する貴重な資料として重要視されています。

西暦935年の作品です。

 


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この土佐日記の中に、柊鰯の原型となったお飾りが出てくるのですが、それがなんとボラの頭。

柊にそれを刺して、それをさらにしめ縄に刺してあります。

 

本文はこういうものです。

「こへのかどのしりくべなはのなよしのかしらひひらぎらいかにぞとぞいひあへなる」

 

「しりくべなは」というのがしめ縄のことです。

 

「なよしのかしら」というのがボラの頭ですね。

ボラは名前がどんどん変わる出世魚ということで、「名前良し(吉)」で、「なよし」と呼ばれていました。

 

そうなんです、この時代には、鰯ではなくて、ボラの頭を使っていたのです。

しかも、玄関に飾るのではなくて、しめ縄に刺していたのです。

 

どうしてボラの頭を使っていたのでしょうか?

これ、言霊の問題です。

 

ボラという字を漢字で書くと

「鯔」

というのが現代の標準ですが、もともとは、

「鰡」

と書いていました。

魚へんに留めるという字です、この「留める」という字が重要なのです。

 

実は、しめ縄というのは、天照大神が天岩戸に引きこもった時に、それを神様たちが知恵を絞って開けた後、再び天照大神が岩戸に引きこもってしまわないようにおまじないをかけた、そういう縄なのです。

神様を現世に留め置くという意味の縄です。

 

さて、お正月というのは、神様がそれぞれの家にやってきてくださるという時期ですね。

やってきてくださった神様を自分の家にとどめ置くことができれば、神様のご利益に少しでも長くあやかることができます。

「福は内~!」

というのは、正月にいらした神様に家の中に入っていただくという意味の掛け声です。

 

神様をその家に少しでも長く留め置くために、しめ縄を飾り、さらに、

「留める」という字を持つボラの頭をしめ縄に刺して願ったというのです。

 


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けっして「くさいにおいが欲しかった」のではないのです(笑)。

 

それが証拠には、紀貫之の時代には、お金持ちはボラの頭ではなくて、ボラを模した土人形を飾っていました。

(土偶と呼ばれます)

でも、貧乏人はそんな余裕はないから、簡単に手に入る子どものボラを焼いて、

そして、すぐ腐る内臓をとって、美味しい身は食べて(笑)、

腐りにくい頭だけをよく焼いて乾燥させて飾っていたというのですね。

 

ところが、それが、いつの間にやら、鰯の頭に変わり果ててしまいました。

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なんでなんでしょうか?

 

 

 

節分 鬼は陰あるいは死人 それが恐ろしい鬼へと変わった時代の流れ

 

鬼とは、もともとをたどればやはり陰陽道の「陰(おん)」から生じた概念です。

この世には悪いことと良いことが交互に、あるいは決まったリズムでそれらがやってくる。

その、悪いことのイメージですが、さらにさかのぼれば、もともとは死人を「隠忍(おに)」と呼んでいたことと、それらがつながります。

 

この「陰(おん)」から転じた「鬼(おに)」は悪い事象を指す一般的な概念でした。

(単に死人、というだけでなく冥界とをつなぐ入り口という概念もあります。死んだイザナミノミコトの変わり果てた姿を見て逃げ出したイザナギノミコトが大きな石を置いて封じた冥界との境目、その位置がまた鬼なのです。)

 


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ところが、これが室町時代になると、「鬼」という怖い人のイメージに変わっていったのです。

どうして死人、冥界の入り口が、虎の皮の褌の恐ろしい鬼のイメージに変わってしまったのでしょうか?

 

室町時代といえば、「武士」という役割の人々権力の中心になっていった時代です。

(実際には平安時代の終わりから武士の権限が強くなっていやのは皆さんご存じのとおりですが)

 

このころ、強力な武器を持ち、強靭な肉体を持つ武士たちは、

すべてが強力な武将の元に統制されていたわけではなくて、

むしろ傭兵やそれが崩れて野盗になったような連中がたくさんいました。

こわい「人間の鬼」がたくさんいたのです。

 

これが室町時代に「隠忍」を「鬼」に変えてしまった一つの原因ではないかと考えられます。

このため、ボラの頭はイワシの頭に変わります。

 

ここにも、言霊の概念がありますが、詳しいことは次の章で。

 

 

 

鰯の頭も信心から 弱者の象徴であるイワシの臭いを強者は好まない・・・はず(笑)

 

室町時代、家にやって来る「野盗」という「隠忍」は強くて怖いものです。

もともと、閻魔大王の手先としての「地獄の鬼」という存在は知られていたので、その「地獄の鬼」と、村を襲う「野盗の侍たち」がイメージとして重ねられます。

その結果、

 

「家や村にやってくる外から来る強くて怖いもの」=「地獄の鬼」=「鬼」

 

というイメージが定着するわけです。

 

正月といえども、ボラの頭を飾って神様をまねきれている段ではなくて、

できれば鬼が入ってこないようにする、逆の飾りを飾りたい、ということになったのです。

 

イワシという字は、魚へんに弱いと書きます。

「鰯」ですよね。

 

この「弱い」という字、強者である鬼は、その匂いをまとうことで自分のパワーが落ちると考えられました。

このため、鰯臭い家には鬼が近づきたがらないというのですね。

生臭い匂いが嫌いなのではなくて、弱い魚の臭いが嫌いなのです。

 

また、イワシは「賎しい(いやしい)」にも通じる言葉で、下賎のものの魚という意味になります。

仮にも閻魔大王の直轄の部下、神様の次にえらい立場にある地獄の鬼たち、賎しい物のそばには近寄りたくありません。

だから、イワシを飾ったというわけです。

 

もう一つ、逆の目線から言えば、

「うちでは、高いボラなんて買えないよ、イワシを食べるのが精いっぱいの貧乏な家だよ。」

という意味もあったのかもしれませんね。

 

「強盗さんは、ボラの頭が飾ってあるような立派な家に行ってくれ。」

ということでしょうか。

ちょっと無責任な、奈良の鹿の死体の話みたいですね(またどこかで書きます)。

 

 

 

まとめ イワシと柊、いつからいつまで飾るのか?

 

さて、そういういわれの柊鰯(ひいらぎいわし)、いつから飾るのでしょうか?

小正月といわれる1月15日から、節分の当日(立春の前の日)まで飾ります。

 

本来であれば、神様がいらっしゃる旧正月に向けてボラの頭を飾っておくのです。

こうして、神様に長く我が家にとどまっていてもらいたいという思いの表れです。

 

実際には、今やどこの家も、同じ時期に鰯の頭を飾って邪気を追い払うことが大事。

「福は内」ではなくて「鬼は外」の方を重視するというわけです。

 

でも、元々の意味を知ってみると、わざわざ生臭い鰯の頭を飾る必要はなさそうです。

オイルサーディンの缶ではだめですけど、毎日焼きたての香ばしいイワシを飾っておいてもいいんじゃないかと思います。

弱者の臭いをまき散らすことが重要なのですから。

 

でも、イワシじゃなくてもいいのかも。

 


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怖い野盗の心配がほとんどない現代社会。

いっそのこと、「柊にボラ」に戻るのもありじゃないでしょうか?

ボラのぬいぐるみを自作して飾っておいたら、神様が長くとどまってくれるかも。

かわいいし新鮮だし。

 

いかがですか?

ひいらぎなよしの節分

臭くなくて楽しいと思うんだけど。

 

 

今回の記事は以下の情報を参考にさせていただきました。

Wikipedia 節分

Allabout 節分に関する情報

平成26年2月
一般社団法人全国日本語学校連合会
日本人の文化と精神の研究 第13回
http://www.jalsa.jp/kiji/3-13.pdf

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節分 いわし ひいらぎ 由来といつからいつまで飾るのか 土佐日記から」への2件のフィードバック

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  2. ピンバック: 茅の輪くぐりの由来とくぐり方 大晦日に大払いの儀式で穢れを落とす | 官兵衛の覚え書き

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